自己肯定感を奪うアレが苦手です。

死ぬまでに宇宙人に会いたいオレは、宇宙の力や神様を信じています。
だけど、簡単に運命とか奇跡とか、引き寄せだよね、なんて言うのはどうも苦手です。
なんで苦手なんだろうとずっと考えてたけど、ふと答えが出ました。
きっと関わってる人や物事を軽んじてる感じがするからです。
○○に会いたい、□□を手に入れたい。そんな時、どうしますか?
物であれ、人であれ、出会うためには発信して求めてるはずです。想いをこめ、何度も何度も。
あるいは、その出会いにふさわしい人間になるべく研鑽、精進を重ねてきたはずです。徳を積むというんでしょうか。
本人からすると当り前のことかもしれないけど、それはまぎれもない努力だと思います。
つまり努力が実ったという成功体験なんですよ。
でね、その努力を無視して、奇跡だとか引き寄せっていうのは、せっかくの成功体験を味わうことなくスルーしてしまうことだと思うんです。
あれ、寝る間を削った努力はどこにいったの?ってなりませんか?
行為が報われてないというか努力と因果関係ゼロってなると自己肯定感が高まらない、極端な話、自己否定が進んでしまうんじゃないでしょうか?
汗水たらして頑張る必要なんてなかった、なんて無駄な時間を過ごしたんだ!ってところまで思考が振り切ってしまったら、ダメ人間まっしぐらじゃないですか?
だからね、奇跡だ運命だ、引き寄せだとかと喜ぶ前に、達成した目標までに自分が何やってきたことをちゃんと見つめるべきなんです。
憧れの○○さんに会いたいって思った日から願掛けに毎朝トイレ掃除してたとか、全然関係ないように思うかもしれません。
でも、こんなことがあるかもしれませんよ?
~~~例え~~~
毎朝トイレ掃除してたおかげで心が晴れ晴れとした状態で毎日過ごし、心に余裕ができてきた。そして友人の愚痴を聞いたりも苦ではなくなった。
今まで以上に人当たりがよくなったあなたの変化を周りの友人がを気にし始めて、ある日あなたに聞いてきます。
友人「なんか変わったね。どうしたの?」
あなた「そう?変わったことと言えば毎朝トイレ掃除するようになったかな?」
友人「へー。でもなんで掃除し始めたの?」
あなた「実はね、願掛けなんだけど○○さんに会えますようにって」
友人「そうなんだ!私、○○さんと知り合いだよ!今度ご飯する約束だし、一緒に誘っていいか聞いてみよっか?」
~~~ここまで~~~
どうでしょうか?実際にはもっと段階を経てゴール達成となるでしょうから、上のはめちゃくちゃ極端な話です。でもね、こういうことじゃないでしょうか?
風が吹けば桶屋が儲かるといった諺やバタフライエフェクトってのもあります。トイレ掃除が○○さんと会うための努力でもおかしくないです。
何が言いたいかっていうと、どんなに小さな努力でもちゃんと認めて自分を評価するのが大切だよ、ってことです。
そして、原因と結果。その因果関係をしっかりと見極めるほうが今後の同じような事態に対応できる確率があがります。
あと、言霊という言葉があります。
努力をひけらかすのはオレのセンスに合わないけど、たいしたことないって言ってしまうのも自己否定な気がしてなりません。
自分くらいはこっそり自分自身を褒めていいんじゃないでしょうか?
根拠のない自信を持つことができないオレが自信を積み上げるために得た結論です。
例外を最後に。運命とか導きだとかガンガン使うべきときもあるんだ!
キミと巡り会いたくて♪
SNSチェックで情報収集してたよ♪
ボクの想いは収拾付かないのさ♪
想いよ届け 毎日ブログに込めたんだ♪
みんな見守る 突然のバズ
ボクとキミ タイムハズカム~♪
こんな歌詞、怖いでしょ?
歌詞はね、運命とかがロマンチックいいんだ。